投稿ボタンの前で、指が止まる。
文章は書いた。
下書きもできた。
言いたいこともある。
でも、最後の投稿ボタンが押せない。
「これ、会社の人に見られたらどうしよう」
「同級生に、何やってんのって思われないかな」
「知り合いに見つかったら、なんか恥ずかしい」
そんな顔が、頭の中に浮かんでくる。
昔の僕は、この感覚が本当に強かったです。
発信したい気持ちはある。
でも、知り合いに見られるのが怖い。
だから、下書きだけが増えていく。
何ヶ月も、投稿ボタンの前で止まっていました。
今日は「知り合いに発信を見られるのが怖い」話を書きます。
怖いのは、真剣だから
まず、この怖さは普通です。
「気にしすぎ」
「誰も見てないよ」
「さっさと出せばいい」
そう言われても、怖いものは怖い。
発信は、自分の考えを外に出す行為です。
何を考えているのか。
何に悩んできたのか。
何を届けたいのか。
どんな言葉を使うのか。
それが表に出る。
だから怖くなるのは自然です。
適当に書いているなら、そこまで怖くないかもしれません。
でも、本気で何かを届けたいと思っているからこそ、見られるのが怖い。
笑われたくない。
変に思われたくない。
中途半端だと思われたくない。
「何を始めたの?」と言われたくない。
その怖さは、発信を軽く見ていない証拠でもあります。
だから、まずは怖い自分を責めなくていいです。
問題は、怖さがあることではありません。
怖さだけを理由に、ずっと出せないことです。
ほとんどの人は、あなたの投稿をそこまで見ていない
少し冷静に見ると、ほとんどの人はあなたの投稿をそこまで見ていません。
これは冷たい話ではなく、現実です。
人は基本的に、自分のことで忙しいです。
自分の仕事。
自分の生活。
自分の悩み。
自分のSNS。
自分の予定。
みんな、自分のことでかなり手一杯です。
昔の僕は、「みんなに見られている」と思っていました。
でも実際には、そんなに見られていませんでした。
見られている気がする。
笑われている気がする。
裏で何か言われている気がする。
その多くは、自分の頭の中で大きくなった想像でした。
もちろん、ゼロではありません。
知り合いが見る可能性はあります。
誰かに何か言われることもあるかもしれません。
でも、その可能性を大きく見積もりすぎると、何も出せなくなります。
怖さのかなりの部分は、まだ起きていない未来への想像です。
その想像に、自分の発信を全部止めさせなくていいと思います。
見られて困る相手に、書いているわけではない
ここが大事です。
あなたが本当に届けたい相手は、知り合いでしょうか。
会社の人。
同級生。
昔の友人。
親戚。
なんとなく自分を知っている人。
その人たちに向けて書いているなら、たしかに気になると思います。
でも、多くの場合、届けたい相手はそこではないはずです。
同じ悩みを持っている人。
昔の自分みたいな人。
ノウハウを集めても不安が消えない人。
何を売ればいいかわからずに止まっている人。
発信したいのに、怖くて出せない人。
そういう、まだ見ぬ誰かに向けて書いているはずです。
知り合いの目を気にしすぎると、その人たちに届くはずだった言葉まで止まります。
これは、かなりもったいないです。
会社の人にどう思われるか。
同級生にどう見られるか。
知り合いに笑われないか。
そこを見ていると、言葉が小さくなります。
本当に見るべきなのは、届けたい相手です。
誰に向けて書いているのか。
そこに戻ると、知り合いの顔は少し小さくなります。
→ 誰に向けるかの話は「たった一人に向けて書くと、なぜ刺さるのか」に書きました。
最初は、知り合いがいない場所で始めてもいい
それでも怖いなら、知り合いがいない場所で始めればいいです。
本名でなくていい。
顔出ししなくていい。
今のSNSアカウントでなくていい。
別アカウントから始めてもいい。
ブログから始めてもいい。
「知られない環境」を選ぶのは、逃げではありません。
作戦です。
最初から、全部をさらけ出す必要はありません。
発信に慣れていないのに、いきなり知り合い全員に見える場所で始めようとすれば、怖くなるのは当然です。
まずは安全に出せる場所を作る。
そこで、少しずつ言葉を出してみる。
誰に向けて書くのか。
どんな言葉なら自分らしく出せるのか。
何を書くと反応があるのか。
どこまでなら無理なく続けられるのか。
それを試す。
これでいいです。
大事なのは、いきなり大きく出ることではありません。
出せる形に設計することです。
一歩出すと、怖さは少し小さくなる
不思議なもので、何回か投稿すると怖さは少し薄れます。
最初の一歩が、いちばん重いです。
一回目の投稿。
最初の記事。
初めての発信。
誰かに見られるかもしれない状態。
ここが一番怖い。
でも、一度出してみるとわかります。
意外と何も起きない。
思ったほど見られていない。
変なことを言われるわけでもない。
むしろ、必要な人にだけ少し届くことがある。
そうすると、少しだけ軽くなります。
「見られたら恥ずかしい」より、
「誰かの役に立てるかもしれない」
が少しずつ勝つようになります。
もちろん、怖さが完全に消えるわけではありません。
でも、投稿ボタンの前で止まり続けていた頃よりは、少し進めるようになります。
怖さは、頭の中で考えている間が一番大きいです。
小さく出すと、現実の大きさに戻っていきます。
→ 踏み出す手前の話は「はじめての方へ」にもつながります。
見ているのは、想像の中の知り合いかもしれない
知り合いに見られるのが怖い。
その気持ちは、よくわかります。
僕もずっとそうでした。
でも、冷静に見ると、僕を止めていたのは現実の知り合いではありませんでした。
頭の中にいる知り合いでした。
何か言ってきたわけでもない。
笑われたわけでもない。
否定されたわけでもない。
それなのに、勝手に見られている気がして、勝手に恥ずかしくなって、勝手に手を止めていました。
もちろん、慎重に始めるのは大事です。
本名を出す必要もありません。
職場に見える場所で無理にやる必要もありません。
知り合いのいない場所から始めていい。
でも、想像の中の誰かに、ずっと発信を止められる必要はありません。
あなたが届けたいのは、その人たちではないはずです。
同じ悩みを持つ、まだ見ぬ誰かです。
怖いのは、真剣だからです。
だからこそ、出せる場所からでいい。
まず一歩、言葉を外に出してみてください。
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