アクセス解析を、1日に何十回も開いていた時期がありました。
数字が伸びていれば安心する。
減っていれば落ち込む。
誰かが今読んでいると分かれば、少しうれしくなる。
でも、すぐにまた不安になる。
記事を書くために始めたはずなのに、いつの間にか数字を見ることに時間を使っていた。
今日は、アクセス解析を見すぎてしんどくなる人へ向けて書きます。
数字を見ても、記事は増えない
アクセス解析を見ること自体が悪いわけではありません。
どの記事が読まれているのか。
どこから人が来ているのか。
どんなテーマに反応があるのか。
それを知ることは大事です。
でも、何度も見ればいいわけではありません。
解析画面を開いても、記事は増えません。
一行も書けない。
構成も進まない。
読者への言葉も深まらない。
ただ、数字を見て一喜一憂しているだけ。
僕はそれを、作業しているつもりでやっていました。
でも、本当は違いました。
書く不安から逃げて、数字を見て安心しようとしていただけでした。
その時間で、一行でも書いた方が前に進めたはずです。
リアルタイムの数字は、心を振り回す
特にしんどくなるのが、今この瞬間の数字です。
今、何人が見ているか。
今日、何PVあるか。
昨日より増えているか、減っているか。
そういう短い数字を追い始めると、気持ちが休まりません。
午前と午後で数字が違うのは当たり前です。
曜日によっても変わります。
たまたま読まれる日もあれば、静かな日もあります。
でも、そのたびに反応していると、心がもちません。
数字が伸びた日は、自分に価値がある気がする。
数字が落ちた日は、自分が否定された気がする。
本当は、そこまで結びつけなくていいはずです。
アクセス数は、記事の一部を映すだけです。
自分の価値そのものではありません。
→ 数字より相手を見る話は「月◯万」より先に決めるべきこと へ。
見るなら、頻度を決める
解析は、悪者ではありません。
問題は、見る頻度です。
不安になったら開く。
気になったら開く。
少し時間が空いたら開く。
これを続けると、解析を見ることが癖になります。
そして、書く時間よりも、確認する時間が増えていきます。
だから、見るなら頻度を決めた方がいいです。
たとえば、週に1回。
落ち着いて、全体の流れを見る。
どの記事が読まれているか。
どんな検索で来ているか。
どこで離れているか。
次に何を直すか。
それだけで十分です。
毎日何十回も見る必要はありません。
数字は、行動を決めるために見るものです。
感情を揺らすために見るものではありません。
数字の裏にいる一人を見る
100アクセス。
そう聞くと、ただの数字に見えます。
でも、その向こうには、読んでくれた人がいます。
何かに悩んで検索した人。
たまたま記事にたどり着いた人。
少しでも答えを探していた人。
その一人を忘れると、数字だけが大きく見えます。
もっと伸ばしたい。
もっと読まれたい。
昨日より増えていてほしい。
そうなると、発信の軸がぶれます。
でも、数字の向こう側にいる一人を見ると、少し戻れます。
この人に、何を届けるのか。
どんな言葉なら、少し楽になるのか。
次に何を書けば、役に立てるのか。
見るべきなのは、数字そのものではありません。
数字の奥にある、読者の悩みです。
→ 一人に向ける話は「たった一人」に向けて書くと、なぜ刺さるのか へ。
解析は、距離を置いて使えばいい
アクセス解析は、敵ではありません。
ただ、近づきすぎるとしんどくなります。
ちらちら見るほど、心が削られる。
短い変動に反応するほど、書けなくなる。
数字ばかり追うほど、読者が見えなくなる。
だから、距離を決める。
週に1回、落ち着いて見る。
見たら、次の行動を一つだけ決める。
あとは、目の前の一人に向けて書く。
そのくらいでいいのだと思います。
大事なのは、解析画面ではなく、届ける相手です。
数字に心を握られそうになったら、そこに戻る。
誰に、何を届けるのか。
その根っこを見失わない方が、発信は続けやすくなります。
コメント