「今日は何を発信しよう」
画面の前に座る。
メモ帳を開く。
カーソルだけが点滅している。
でも、何も出てこない。
書かなきゃいけないのはわかっている。
発信を続けることが大事なのもわかっている。
でも、肝心のネタが思いつかない。
昔の僕は、この時間が本当に苦痛でした。
何か書こうとする。
でも出てこない。
他の人の投稿を見る。
余計に焦る。
結局、何も書けないまま時間だけが過ぎていく。
そして最後に、こう思う。
「自分には発信することがないのかもしれない」
でも今ならわかります。
ネタがないのではありません。
ネタの探し方を間違えていただけでした。
今日は「発信のネタが思いつかないときの考え方」について書きます。
ネタ切れは、自分の中だけで探すから起きる
発信のネタが出ないとき、昔の僕はいつも自分の頭の中を探していました。
何かいいことを言えないか。
役に立つ話はないか。
それっぽいテーマはないか。
うまくまとまる投稿はないか。
そうやって、自分の中からひねり出そうとしていました。
でも、自分の中の在庫だけで発信しようとすると、すぐに尽きます。
昨日考えたこと。
最近学んだこと。
自分が言いたいこと。
自分が気になっていること。
それだけを頼りにすると、ネタはすぐ細くなります。
しかも、ひねり出そうとするほど出てこなくなります。
「何か書かなきゃ」と思うほど、頭の中が固まる。
「いいことを書かなきゃ」と思うほど、言葉が重くなる。
「役に立つことを言わなきゃ」と思うほど、何も書けなくなる。
ネタは、自分の中だけにあるわけではありません。
むしろ、本当に使えるネタは、自分の外にあります。
読者の悩み。
誰かの質問。
昔の自分のつまずき。
目の前の人が困っていること。
そこに目を向けると、ネタ切れはかなり減ります。
ネタは「誰かの質問」の中にある
いちばん簡単なネタ元は、誰かの質問です。
聞かれたこと。
相談されたこと。
コメントされたこと。
DMで届いたこと。
知人が困っていたこと。
SNSで誰かがつぶやいていた悩み。
そういうものは、全部ネタになります。
たとえば、
「何を発信すればいいかわかりません」
「何を売ればいいかわかりません」
「SNSを頑張っているのに売れません」
「文章が下手だから反応がない気がします」
「教材を買っても活かせません」
こういう一つひとつが、そのまま記事の入り口になります。
発信は、自分の言いたいことを並べるだけでは届きません。
読者の中にある問いに答えたとき、届きます。
だから、ネタを探すときは、自分にこう聞くよりも、
「今日は何を書こう」
こう聞いた方がいいです。
「今、あの人は何に困っているだろう」
この問いに変えるだけで、ネタの見え方が変わります。
発信のネタは、机の上でひねり出すものではありません。
誰かの困りごとの中から拾うものです。
→ そもそも誰に向けるかは「何を売りたいかわからない人が最初に考えること」に書いています。
昔の自分は、最高のネタ元になる
もう一つの強いネタ元が、昔の自分です。
過去に自分がつまずいたこと。
何度も検索したこと。
誰にも言えずに悩んでいたこと。
もっと早く知りたかったこと。
今なら少しだけ説明できること。
これらは、かなり強いネタになります。
なぜなら、そこには具体的な感情があるからです。
ただの正論ではなく、実際に苦しかった経験がある。
どこで迷ったのかがわかる。
何がわからなかったのかがわかる。
どんな言葉をかけてほしかったのかがわかる。
だから、同じ場所にいる人に届きやすい。
たとえば、昔の僕ならこうです。
ノウハウを集めても不安が消えなかった。
何を売りたいのかわからなかった。
SNSを頑張っても手応えがなかった。
文章をきれいにしようとして、逆に体温が消えていた。
教材を読んで満足して、何も変わらなかった。
この一つひとつが、記事になります。
実際、このサイト自体も、昔の僕に向けて書いています。
昔の自分が本気で悩んだことは、今同じ場所にいる誰かの悩みでもあります。
ネタがないと思ったら、過去の自分に聞いてみてください。
「あの頃の自分は、何に困っていたのか」
「何を知っていたら、少し楽になったのか」
「どんな言葉をかけてもらえたら、動けたのか」
そこに、発信のネタがあります。
ネタが出ないのは、軸がぼやけているサイン
それでもネタが出ないときがあります。
その場合、問題はネタ不足ではないかもしれません。
「誰に届けたいか」がぼやけている可能性があります。
誰に向けて書くのかが決まっていないと、ネタは出にくいです。
なぜなら、相手が見えていないからです。
相手が見えていないと、何に困っているのかも見えません。
何を言えば届くのかも見えません。
どんな順番で伝えればいいのかも見えません。
結果として、ただ「何かいいことを書こう」として止まります。
逆に、相手が一人に絞れると、ネタは出やすくなります。
昔の自分みたいな人。
ノウハウを集めても不安が消えない人。
何を売ればいいかわからない人。
SNSを頑張っているのに手応えがない人。
文章を書いているのに、誰にも届いていない気がする人。
こういう一人が見えていると、その人に言いたいことが浮かんできます。
「まずこれを伝えたい」
「ここでつまずくはず」
「これは早めに知っておいた方がいい」
「これは昔の自分も苦しかった」
そうやって、ネタは自然に出てきます。
ネタ切れの裏には、たいてい軸のぼやけがあります。
誰に届けるのか。
何を届けるのか。
なぜ、それを届けたいのか。
ここに戻ると、発信することは少しずつ見えてきます。
→ 軸を立て直すなら「はじめての方へ」と『明鏡』レビューもどうぞ。
ネタは、ひねり出すものではなく拾うもの
発信のネタが思いつかないとき、自分の才能を疑う必要はありません。
「自分には発信することがない」
「自分の経験には価値がない」
「もっとすごいことを言わないといけない」
そう考えると、どんどん書けなくなります。
ネタは、無理にひねり出すものではありません。
誰かの質問から拾う。
読者の悩みから拾う。
昔の自分のつまずきから拾う。
日々の違和感から拾う。
そう考えると、発信は少し楽になります。
大事なのは、いいことを言うことではありません。
相手が今、何に困っているのかを見ること。
昔の自分が、どこでつまずいていたのかを思い出すこと。
そして、その人に一つだけ渡すつもりで書くこと。
ネタ切れは、発信力の問題ではありません。
相手が見えていないサインです。
軸がぼやけているサインです。
だから、ネタが出ないときほど、ここに戻ってください。
「自分は、誰に向けて書いているのか」
そこが見えれば、書くことは必ず出てきます。
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