はじめて自分の商品にお金を払ってもらったとき。
本当なら、素直に喜べばよかったのだと思います。
でも、僕の中に最初に出てきたのは、うれしさだけではありませんでした。
「本当に、お金をもらっていいのかな」
「期待外れだったらどうしよう」
「こんな自分の商品に払ってもらって、申し訳ない」
そんな気持ちがありました。
お金を受け取ることに、慣れていなかったのだと思います。
今日は、お金をもらうことへの罪悪感について書きます。
お金をもらうのが怖かった
会社やアルバイトでお金をもらうことには、そこまで抵抗がありませんでした。
決められた仕事をして、決められた給料を受け取る。
それは、どこか当たり前のこととして受け取れていました。
でも、自分の商品になると違いました。
自分で考えたもの。
自分で作ったもの。
自分で値段をつけたもの。
そこにお金を払ってもらうと、急に怖くなる。
値段をつけたのも自分。
渡すものを決めたのも自分。
だからこそ、逃げ場がないように感じました。
お金をもらう罪悪感の裏には、そういう怖さがありました。
罪悪感の正体は、自信のなさだった
最初は、自分が相手から何かを奪っているような感覚がありました。
お金を払ってもらう。
相手の財布からお金が減る。
そこだけを見ると、申し訳なくなる。
でも、少しずつ気づいたことがあります。
問題は、お金そのものではありませんでした。
僕が、自分の届けている価値を信じきれていなかったこと。
「これなら役に立てる」と言い切れない。
「この人に必要なものを渡している」と思い切れない。
だから、受け取るのが苦しくなる。
罪悪感の正体は、優しさというより、自信のなさでした。
無料にすればいい、では続かない
申し訳ないと思うと、すぐに無料にしたくなります。
安くしたくなる。
おまけをつけたくなる。
必要以上に返そうとする。
僕も、そういう気持ちがありました。
でも、それを続けると、自分が消耗します。
時間も、気力も、削られていく。
ちゃんと続けるための余力がなくなっていく。
その結果、長く届けられなくなる。
相手のために無料にしているつもりでも、続けられなければ、結局は誰の役にも立てません。
適正にお金を受け取ることは、自分のためだけではありません。
必要な人に、長く届け続けるためにも必要なことです。
→ 安売りの話は「安売りは優しさではなく、自信のなさかもしれない」へ。
お金を払うことで、本気になることもある
無料のものが悪いわけではありません。
でも、無料だからこそ、軽く扱われることがあります。
あとで読もう。
時間ができたら見よう。
必要になったらやろう。
そう思って、そのまま忘れてしまう。
僕自身も、無料の情報をたくさん集めて、ほとんど使わなかったことがあります。
一方で、お金を払ったものには向き合いやすい。
せっかく払ったのだから、ちゃんと使おう。
元を取るために、行動しよう。
そういう気持ちが生まれることがあります。
つまり、価格はただの負担ではありません。
相手が本気で向き合うための、ひとつの線引きにもなります。
→ 無料だと動けない話は「無料の情報ばかり集めて、結局動けない理由」へ。
堂々と受け取るには、軸がいる
お金を受け取るには、強い言葉はいりません。
大げさな実績も、派手な売り文句もいりません。
でも、自分の中に軸は必要です。
誰に届けるのか。
何の悩みを軽くするのか。
自分は何を渡しているのか。
そこが曖昧なままだと、値段をつけるたびに苦しくなります。
逆に、そこが見えてくると、少しずつ受け取れるようになります。
「これは、この人の役に立つ」
そう思えるからです。
お金をもらうことは、悪いことではありません。
それは、自分が誰かに価値を届けた証拠です。
そしてその価値を届け続けるために、必要なものでもあります。
→ 自分の軸を見直す話は「『明鏡』レビュー」へ。
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